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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)731号 判決

原告 医療法人財団佐々木会

被告 社会保険診療報酬支払基金

代理人 高田敏明 須子憲二 森野満夫 速水彰 ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、一二七万〇二六九円とこれに対する昭和五七年五月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  主文一、二項同旨。

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二主張

一  原告

1  原告は肩書住所地において深江産婦人科医院を、京都市北区紫竹東大門町五二番地において佐々木産婦人科医院を開設し、いずれも保険医療機関の指定を受けている。

2  右医療機関の保険医深江雄郎は、大阪市東区森の宮中央一丁目一一番三号第一森宮中央ハイツ内の加藤清方において、昭和五六年一月一三日から同年八月二五日までの間の毎水曜日に、図師栄次外二七九件について、治療の必要ある患者に対し、適確な診断をして治療方針をたて、適切な治療、指導を行うなど療養担当規則に基づいて療養の給付を行つた。

3  深江医師が前記場所において診療を行つたのは次の事情によるものであり、診療上、往診の必要があり且往診を妥当とする特殊の事情があり、往診料の算定も妥当なものである。

(一) 加藤清は第一森宮中央ハイツにおいてミルク断食療法及び指圧療法による癌治療を行つている。同人は医師ではなく、また正式の医療機関を開設しているものではない。しかし、治療を求めてくる者は、その殆んどの者が重症の癌患者で、残余の者も癌を宣告されたかその症状が癌に罹患したと思い込んでいる患者であるから、その心身の状況からして診療上往診の必要がある。

(二) 癌については病因が明らかでなく、したがつてその治療法も確立されていない現状において、患者が別個の救済を求めて医療機関でない加藤清の治療を受けにくることは無理からぬことである。そして、これら患者が現代医学に基づく医師の診察と指導を求めることは許されるべきである。患者にとつて深江医師の診察は加藤療法を補完するものであるし、医師にとつては患者の健康を保持増進する通常の診療行為であつて拒否すべきでない。

患者は診療所を選定する自由があり(健康保険法四三条三項)、原告を選んだのであるから、右のような特別の場合に深江医師が往診することは健保法上認められて然るべきである。

癌という特別の疾病から特別の療法が施され、特別の往診が必要となる。

(三) 点数表は診療報酬の額を法定したものであり、事の性質上、現在医学に基づく通常の診療を予定したものである。

もし無用の診療をしても、それは点数表では認められないが、点数表上では認められないとしても、患者に必要な診療をした場合、点数表で承認される範囲の診療については診療報酬の請求は認められるべきであるし、実務上もそのように処理されている。

往診についていえば、一六キロメートルまでの範囲については点数表上これを認めているが、これを超えて一七キロメートルの往診をした場合、すべて往診でなくなり、診察、投薬、指導についても保険の利益を受け得ないとするのは不合理であり、点数表の趣旨を正解しないものである。

本件において、深江医師は一六キロメートルを超えて往診している。しかし、原告は一六キロメートルを超える往診料を請求しているのでなく、最低の二キロメートルについての往診料を請求し同一マンシヨン内の各部屋の数名の患者については引続き二名以上を往診する場合を準用して請求しており、点数表に合致している。

4  前記療養の給付につき、厚生大臣の定める療養に要する費用の額の算定方法に基づいて診療報酬の点数を算定すると別紙記載のとおり合計一二七万〇二六九円となる。

5  原告は同五六年一月から同年八月までの診療につき毎月分を集計し、佐々木産婦人科医院院長深江雄郎名義をもつて各月毎に被告に対し請求したが、被告はその支払をしない。

よつて、原告は被告に対し、診療報酬合計一二七万〇二六九円とこれに対する被告に本訴状が送達された日の翌日である昭和五七年五月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告

1  原告主張1の事実は認める。

2  同2の事実は不知であり、その主張は争う。

3  同3記載の事実は不知であり、往診の必要、その特殊な事情があるとの点を否認し、その主張は争う。

なお、診療報酬点数表は「往診距離が片道一六キロメートルを超えた場合で特殊の事情があつたときの往診料は、別に厚生大臣が定めるところによつて算定する。」と規定しているのであつて、往診距離が片道一六キロメートルを超えた場合でも所定の往診料が算定される。もつとも、その場合は、診療報酬明細書にその都度具体的に特殊の事情を詳記し、都道府県知事から厚生大臣に内議する取扱いとされている。原告は、右特殊事情が存在しないため診療報酬明細書にこれを記載することができないので、記載を要しない二キロメートルの往診料を請求したものと思われるが、このことは事実に反した不当な請求であり、右の点数表の規定によつても、往診距離が片道一六キロメートルを超えた場合、特殊の事情がなくても、一六キロメートルを超えない範囲内の往診料を支払わねばならないということにはならない。

4  同4の点は不知。

5  同5の事実は認めるが、その主張は争う。

6  原告の主張によると、本件各診療は、医療法及び健康保険法上の届出にかかる診療所の所在地(京都府)と異なる他府県である大阪府下の特定の場所に定期的に出向いて特定多数人を対象として行つたというものであり、医療法や健康保険法に違反した診療というべく、本件請求は失当である。

第三証拠<略>

理由

一  原告が肩書住所地において深江産婦人科医院を、京都市北区紫竹東大門町五二番地において佐々木産婦人科医院を開設し、いずれも保険医療機関の指定を受けていることは当事者間に争いがない。

二  健康保険法(以下健保法と略することあり)によれば、

1  被保険者は保険医療機関等のうち自己の選定するものから、同法所定の療養の給付を受ける。

都道府県知事は、病院または診療所の開設者から申請のあつたもののなかから、保険医療機関を指定する。

保険医療機関では、当該医師の申請に基づいて都道府県知事の登録をうけた医師(保険医)が健康保険の診療に従事する。

2  右における都道府県知事というのは、当該病院もしくは診療所所在地あるいは保険医が診療に従事する当該保険医療機関所在地の都道府県知事である(保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する政令一条、三条)。

3  指定を受けた保険医療機関は療養の給付に関し、登録を受けた保険医は健康保険の診療に関し、その都道府県知事の指導を受けなければならない。

また、都道府県知事は療養の給付に関し、保険医療機関に対し報告、診療録などの提示を命じ、開設者その他の者に出頭を求めて質問、調査することができ、健保法所定の事由がある場合には保険医療機関の指定の取消、保険医の登録を取消すことができる。

旨規定されている。

これら規定によると、保険医療機関の療養の給付や保険医の診療の適正を確保するため、当該都道府県知事に指導、監督権を認めたものと解されるところ、保険医療機関の指定を受ける際に届出た病院または診療所以外の場所で診療行為が行なわれた場合には、都道府県知事は右事実を知る方法がなく、健保法が予定している指導監督をすることが不可能となり、適正な診療の確保が困難となる。

したがつて、健保法は、療養の給付は、原則として都道府県知事に届出た病院または診療所で行なわれることを予定しており、往診は診療上必要がある場合にのみ例外として認めているものと解される。

三  本件請求は、原告が開設している保険医療機関の保険医深江雄郎が、昭和五六年一月一三日から同年八月二五日までの間の毎水曜日に、大阪市東区所在の第一森宮中央ハイツ内の加藤清(同人は健保法、医療法上の資格を有しない)方に赴き、同人が同所で行つているミルク断食療法及び指圧療法による癌治療を受けるために全国各地から集まつてくる癌患者や癌に罹患していると思いこんでいる者である訴外図師栄次ほか二七九件について療養担当規則に基づいて療養の給付を行つたが、右は往診に該当するとして、その給付につき診療報酬を請求しているものである。

仮に深江医師が原告主張の診療行為を行つたとしても、右診療は、原告が京都府知事に届出た診療所以外の場所において行なわれたものであるから、この点において健保法の認めない診療というべく、健保法上の診療報酬を請求することは許されない。

また、深江医師は、加藤清方において反覆継続する意図の下に、同所にやつてくる不特定多数人を対象に定期的に診療行為をしたものであるから、本来は、大阪府知事に対し診療所開設の届出をしたうえで診療行為を行うべき場合に該当する。したがつて、深江医師の診療行為は、健保法の定める都道府県知事への診療所開設の届出をしていない場所におけるそれであつて、到底往診と解することはできない。

右の次第で、原告主張の療養の給付は健保法所定のものとは認められず、主張自体失当である。

四  よつて、本訴請求を棄却し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊谷絢子)

別紙<略>

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